
The Spirit of SEN
泉 — SEN
– 泉 ボタニカルワークス –
泉(SEN)──
それは、水が湧き出る場所。
恵みの雨や雪解け水が大地に染み込み、
地層で濾過され、
やがて自然の力で地表へと湧き出す。
それは、生きとし生けるものの命の源。
ただ巡るこの神秘の循環のもと、
私たちもまた、生かされている。
泉は、
万物の「真(まこと)の姿」を映し出す鏡。
清らかで、やさしく、潤いを与えつづける存在。
同時に、
とどまることなく湧き出し、
生命を力強く育む強さをも秘めている。
どれほど高く駆け上がっても、
どれほど深く沈んでも、
私たちの中の「泉」は変わらずに流れ続けている。
その奥深くにある静かな源こそが、
何度でも還ることのできる ”変わらない場所”。
たとえ今、忘れてしまっていても──
あなたが、その泉に還る日が訪れるように。
そして、あなた自身が「泉」であることを
そっと思い出せますように。
その旅路に静かに寄り添う、
お守りのようなオファリングと、
静かな祈りの宿る場所をかたちにしたい。
それが、
SEN Botanical Worksに込めた、
濁りのない想いです。
Hi, I'm Yui.
私は、人と植物が出会い直していく—
そんな神聖な営みに
祈りを捧げるように暮らしています。
これまでの人生の中で、
私もまた、多くの人と同じように
さまざまな「役割」を生きてきました。
この世に無数にある役割のどこかに、
自分を定義する「何か」があるのだと信じていました。

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生きることは、 何かになること。そんなふうに、「常に欠けている自分」を抱えて生きてきました。
やがて私は、移住先のカナダでハーバリズムの世界に出会います。
大きな理由や目的があったわけではなく、
ただ導かれるように、植物たちの世界に惹かれていきました。
今思えばそれは、
自分とは何なのかを探す旅に疲れた私の、ささやかな寄り道だったのかもしれません。
けれど、今では、私の魂が必死に自分に還っていこうとする衝動に、ただ従っていただけなのかもしれない。そんなふうにも思えます。
植物療法を学び、実践を重ねる中で、
私は、植物の効能や成分だけでなく、
土に触れ、
種の声に耳を澄まし、
恵みを受け取り、
そしてまた土へと還していく——
その循環の一部に携わっていること自体に、深い充足と癒しを感じるようになりました。
そしてそれは、「何者になるべきか」の答えを外側に探し続けた自分が、
「すでに私は何者であったのか」ということを、
自分の内側に問い始めるきっかけになりました。
何者でもない、ただここに在る自分。
その感覚を思い出していく旅は、
きっと生まれた瞬間から始まり、
人生のさまざまな景色の中で、
絡まり、ほどけながら、
ずっと続いてきたものなのだと思います。
光の届かない谷の底。
登るべきだと信じていた山。
自分を守るために重ねた影の数々。
そしてその奥で、
ずっと灯り続けていた小さな火。
植物と過ごす日々の中で、
私は散らばっていた「わたし」の断片を少しずつ拾い集め、
「ただ在りたかった私の姿」を思い出していきました。
不思議なことに、私が私を思い出していくほどに、
人と植物のつながりもまた、
確かな感覚として立ち現れていくのです。
やがて、ばらばらに見えていたすべては、
大きな生命のつながりの中で、
ひとつの「生きた織物」のように感じられるようになりました。
そのまなざしで世界を見るとき、
「ただ在ることで整っていく」
そんな静かな秩序が、確かに息づいているのを感じます。
今ではわたしにとって植物は、
単なる学びの対象ではなくなりました。
私と関わってくれる全ての植物が、
仲間であり、導き手であり、
静かに忘れていた自分を映し出す鏡。
私がどのように世界に耳を澄まし、
どのように学び、関わっていくのかを
そっと教えてくれています。

植物とのおしごと
「今、何してるの?」
「これから、何の仕事に就くの?」
かつて私は、
その問いの前で、何度も小さくなった。
「まだ足りないもの」を見られているような気がして、
けれど本当は——
自分自身がいちばん、自分を不十分だと感じていたのだと思います。
それでも今は、
静かに、そして素直に、こう答えられます。
「植物とのおしごとをしています。」
この言葉の意味は、人によって違うかもしれません。
私にとってそれは、
そっと何かが生まれる『間』を形にすること。
植物を「使って」何かをつくる人としてではなく、
もっと静かで、ゆっくりとした、
ずっと昔から続いてきた対話に耳を澄まし、
その場に在ることです。
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私の仕事は、季節ごとに出会う植物や木々によって形づくられ、また支えられています。
彼らの恩恵なしには成り立たない、
ひとつひとつの出会いが、ひとつひとつの創造が、一期一会と言えるかもしれません。
植物とともに何かを生み出すということは、
自然の持つリズムに、
自分の歩幅だけでなく、在り方そのものを
そっと重ねていくことでもあります。
一定であることや、同じものを繰り返し生み出す代わりに、
丁寧に向き合うこと、
感謝をもって手をかけること——
その姿勢そのものが、創造のかたちになっていきます。
その手間と忍耐の先で、私は、
思いがけない発見や、遊び心のような瞬間に出会い、
ときには「魔法」としか呼べない何かに触れるのです。

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このような植物との対話の中から生まれるしごとは、
とてもシンプルかつ、丁寧なオファリングへと姿を変えていきます。
ここで生まれるひとつひとつが、
大切に育てられ、摘まれ、心を込めて選ばれる時間を経て、
ゆっくりとお茶やオイル、チンキとして形になっていきます。
Tea
私の手がけるブレンドティーは、
人と植物の関係性の中で生まれます。
植物たちの在り方が、ふと自分自身の在り方に重なるような、そんな感覚—。
時にはメッセージのように感じられたり、
時は祈りのように感じられたり。
植物たちが静かに集まり、互いに声を交わすように調和していきます。
そこに理由のないものはなく、
ひとつひとつが全体の中で、それぞれの意味と存在感を持ってやってくる——
そんな感覚で調合しています。


Oil
オイルは、ブレンドティーとはまた異なる方法で作られますが、
そこには同じように、丁寧でゆっくりとした時間が重ねられています。
植物は、太陽や月、季節の空気感に意識を向けながら収穫を迎え、
時には太陽の光の中で、
時には月の静かなリズムの中で、
それぞれのオイルが持つ意図に沿うように
時間をかけてゆっくりと浸出されていきます。
If This Found You
ハーバリズムに出会い、今のような道を歩むようになったきっかけについて尋ねられることがよくあります。
ひとことで説明するのは難しいけれど、その本質はとてもシンプルなように思います。
はじめてハーバリズムや、その道を歩む人たちのことを知ったとき、
私自身もおなじことを思っていました。
どうやってここに辿り着いたのだろう、と。
小 さい頃から導いてくれる師がいたんだろうな。
ずっと長い間、植物と共に歩んできたのかもしれないな。
植物と特別に通じ合う力を持って生まれたのかな。
そんなふうに想像しては、
この道にもっと早く足を踏み入れていた人たちがとても特別な存在に思えたこともありました。
けれど、少なくとも私にとって——
そして、もしかしたら、今これを読んでいるあなたにとってもそうかもしれませんが——
その答えは、もっと静かでシンプルなものだと思うのです。
私たちは、時に、
ただ、呼ばれるような感覚がある。
胸の内のどこかで「知っている」という深い感覚。
大切な場所に戻っていくような道。
もともとの自分の輪郭を思い出していくようなプロセス。
そしてきっと、かつてわたしをここへ導いたその一本の糸が、
いま、このページへとあなたをつないでくれたのかもしれない。
そんなふうにさえ感じられるのです。
植物たちはいつもそこにあって、
ただ在ることをまっとうしながら、
わたしたちが本当の意味で、母なる大地に通ずる「言語」を思い出す日を、静かに待っているのかもしれません。